日本を美しくする会
顧問 田中 義人
鍵山秀三郎先生との出逢い
1991年(平成3)11月23日、地域の「はがき祭り」に来られた先生と、運命的な出逢いをしました。バブル崩壊で、日本中が大変な時でした。先生は仰いました。
「30年間毎日トイレ掃除をしてきました。お陰で自分の人生も会社も大きく変わりました。私は掃除を通して、世の中から心のすさみをなくしていきたい」 多くのコンサルタントの話を聞いてきましたが、鍵山先生が姿勢を正して仰ったこの言葉が、ストンと私の心に入ってきました。
私の掃除道の始まり
翌朝6時から約30分間、自宅前の神社の掃除を始めました。子どもたちが駄菓子屋で買って遊ぶので、すごく汚れていました。半年くらい続けたときのこと。ゴミ一つない境内に、朝日がさーっと射した。するとお社が輝いて見えたんです。改めて「ここは神社だったんだ」と感動しました。そして気づけば、子どもたちはゴミを捨てなくなっていた。
お年寄りが、ペンキが剥げたり壊れていたブランコなどを治してくれた。そのうち、氏子さんたちが汚れていた神殿を建て替えました。何十年間掃除していない汲み取り式トイレを、私が掃除をして使えるようにしました。すると、地元の人が水洗トイレにしてくれました。入口のフェンスも作り替えられました。
このようなことが、誰に言われなくても起きたんです。環境を正すことによって、こういう変化が次々に起きたんです。
第一回大正村掃除に学ぶ会
この感動を仲間に伝えたくなりました。鍵山先生にお願いして、1993年(平成5)11月7~8日、35名で掃除に学ぶ会を開催しました。(写真) 参加者は、駐車場のトイレで初めてのトイレ掃除を経験して大きな感動を味わいました。翌年春の開催には、200人が集まりました。以降毎年開催するなかで、トイレ掃除の感動が広がり、全国各地に自然発生的に掃除に学ぶ会ができ、海外にも広がっていきました。
掃除のすごさ
私は鍵山先生に会うまで、掃除には一切興味がありませんでした。人間は、よき出逢いによって変われます。
掃除を知らない人は、「なんでトイレなんか磨くの。なんで落葉を掃くの」と疑問に思うでしょうが、体を使ってやってみれば、その意味に気づくと思います。
大谷翔平、ご存じですね。「大谷の精神力はトイレ掃除によるものだ」と、アメリカのマスコミが書いていました。大谷は、「あなたはなぜゴミを拾うのですか」と聞かれて、「運は自分で見つけるもの、拾えるもの、僕は他人が捨てた運を拾っています」とありました。また大谷は、マンダラチャートを書いており、真ん中に「運」とあり、周囲に挨拶とごみ拾いと掃除、本を読むなどがあります。人間のベースを作ることで選手を育てる監督はすばらしいですね。これが本来の人間教育じゃないかと思います。
私たちは、他人から指摘されると、なかなか素直になれません。そこで、自分で気づく場が必要であり、それが掃除です。そして環境が良くなると、清々しい空気が流れ、落ち着いてきます。
掃除は、体を使い、頭を使い、心を使う三拍子で、人の感性を豊かにし知恵を生み出します。
教えようとしない
老人施設の職員に、「問題を起こして困る職業の人は?」と聞くと、「学校の先生だった人」 「なんで」 「指摘する、教えようとします。そういっている人にこそ気づいてほしいのに」
自分は正しいと思い込み、人の欠点を指摘し、直させようとすることが問題です。口だけでは人は変わらないのです。
(つづく)