群馬県みどり市 福田 良子
(取材 松崎 靖)
「わたらせ渓谷鐵道」
20世紀初頭日本の銅の40%を産出した足尾銅山。1914年に鉱石運搬のために敷設された足尾鉄道は、1989年わたらせ渓谷鐵道(通称・わ鐵)となり、現在桐生駅と間藤駅間の全長44・1㎞を、片道一日14本、1時間に1本程度、1時間半かけて走っている。途中渡良瀬川の渓谷美は見事で、沿線には「富弘美術館」や史跡「足尾銅山跡」などがあり、2014年には天皇皇后両陛下も乗車された。
2008年、当時の木造駅舎と全長100mの石積みプラットホームを残す上神梅(かみかんばい)駅は、国の登録有形文化財に指定され、2020年には大間々駅舎など計37の沿線の施設が追加指定された。鉄道ファンや「撮り鉄」の撮影スポットになっている。その上神梅駅を、長年清掃する福田良子さん(87)がいた。
上神梅駅の花壇の手入れと掃除
当時上神梅駅前で運送店を営んでいた夫の晴一さん(91)は、「子供の頃は駅に着いた貨車の荷物の積み下ろしを手伝ったり、駅から3㎞先の梨木温泉へ向かう湯治客を馬に乗せて送り迎えしていました」と語る。良子さんは、20数年前義母の福田とよさんから上神梅駅の掃除や草取りを引き継いだ。花植えの時期には、良子さんが会長を務める地元の神梅婦人会の人たちと、花壇やプランターに四季折々の草花を植える。
2020年(令和2)、この取組みに対して、婦人会は第31回「みどりの愛護」功労者国土交通大臣表彰を受賞した。(写真) 乗降客の少ない無人駅だが、観光シーズンには人気の「トロッコ列車」が走り、乗客が花いっぱいの上神梅駅にシャッターを押す。
福田良子さんは、毎朝7時50分に集団登校の子どもたちが乗るバスを、手を振って送り出した後、水道から長いホースをつなげ、プラットホームに並ぶプランターや花壇に、約1時間水をやる。夏場の草むしりは1日がかりになることもある。駅の周りは梅や桜などの落葉樹が多い。冬場は掃除が追いつかないほど、駅舎に枯葉が舞い込む。停車中の列車の運転士が良子さんに手を振って挨拶をする㆐上神梅駅の日常風景である。
地域を愛する地元の人々
30余年前、足尾鉄道を引き継いだJR足尾線の廃止が取りざたされた際には、沿線住民は乗車運動を起こし、そのお陰で第3セクターのわたらせ渓谷鐵道として存続された。春には桜や花桃、初夏は新緑にアジサイ、秋の紅葉に冬の住民手作りの全17駅の「イルミネーション」などが行われている。
桐生駅、下新田駅、大間々駅、上神梅駅、花輪駅、神戸駅、沢入駅などでは、地域住民による駅舎やトイレ掃除、草取りや花木の手入れが行われている。その原動力は、沿線住民の、恩恵を受けてきた銅山や「わ鐵」に対する深い愛着と誇りである。
穏やかな人柄で地域活動などに熱心な夫の晴一さんは、線路沿いの草刈りを、妻の良子さんは花壇の水やりや草取りを…
「掃除をする広さと深さが、その人の人格に比例する」(桜沢如一)、「本来やる必要のないことをどれだけできるかが人間の魅力をつくります」鍵山相談役の声が聞こえてくる気がした。(376-0104 みどり市上神梅193-14)