自分で見つけたやり方が一番役に立つ
滋賀県高校教諭・虹天塾近江代表
北村 遥明
転勤していきなり3年生の担任
私は現在47歳。4校目に異動し、1年が過ぎようとしています。私は十数年前に掃除道に出会ったのですが、当初は生徒に押しつけでやらせてうまくいかず、悩んでばかりでした。しかし掃除の大切さを信じて、前任校の8年間は特に教室掃除に力をいれました。机を動かす順番、一人一役、時間内に終わらせる工夫、サボらせないやり方などです。
失敗するたびに一つひとつ見つけた答えが、私流の教室掃除のやり方になりました。
実は、私には他の先生はあまりやらない流儀がいくつかあります。ただ、やはりドキドキするのは「このやり方でやるで!」と生徒たちに話す瞬間です。
そんな場面を2つ紹介します。
まず、生徒の呼び方について
最初に学級でこう話しました。
「君たちを呼ぶ時は〝ケンジ〟とか〝ユウコ〟という感じで、下の名前で呼びたいけど、いい?」
新担任の意外な発言を聞いて顔を見合わせる生徒たち―すかさず続けました。
「ぼくは英語の先生なので下の名前で呼びたいのと、これまで担任した生徒は下の名前で呼んできたから、同じようにさせてくれるとありがたいんやけど…。でも、それはちょっとという人がいたらあとで言いにきてね」
コツは軽い感じで言うことです。
最初は私もちょっとドキドキします。でも1週間もすれば、生徒たちは「みんな公平に名前で呼ばれているなあ」と気づいてくれます。
生徒を「さん」付けで呼ぶ、と決めている学校もあるようですが、私がいろいろ試してきて、下の名前で呼んだ方が〝ファミリー的な雰囲気〟になり、距離感がぐっと縮まると感じています。
『黄金の三日間』に話したこと
次は北村流教室掃除です。
2日目に話しました。
「先生がみんなに特に伝えたいことは、『環境が人の心をつくる。その環境をつくることができる人になれ』ということです。
人間は、いつも見ているものに心が似てくると思っています。実際これまで、荒れた感じの学級や落ち着きのない学級は、決まって教室が汚なかった…。逆に教室がきれいな学級は落ち着いてメリハリのある学級が多かった。
だから、環境が人の心をつくるというのは確信していることやねん。君らには、その環境を自分でつくることができる人間になってほしいねん。
掃除って、誰でもできることやろ。将来社会に入って、もし職場の雰囲気がよくないなあと思ったときには、たとえ新人でも掃除はできる。そんな小さな行動で、もしかしたら職場の雰囲気を変えられるかもしれへんで」
生徒たちはシーンと聞いてくれました。こんな話を2日目にしたのは、教師の世界には『黄金の三日間』と言われる期間があるのです。子どもが集中して聞いてくれるのが、出会って最初の3日間で、ここで大切な話をするとよいと思うのです。
私はにこっとして続けました。
「ということで〝今後これだけはする〟ということを発表します。一つめは毎日掃除すること」
これを聞いて「まじか…」という反応をする生徒がいました。驚く方もおられると思いますが、実は高校では、小中学校のように毎日教室掃除をする学級は多くないのです。
続けて、「黒板に落書きがあったら勝手に消すで。気を悪くせんようによろしくね」
こう言ったのは、これまで落ち着きのない学級では、後ろの黒板に生徒が書いた落書きが何日も放置されていたからでした。
最後に生徒たちに聞きました。
「それで掃除のやり方やけど、何かこの学校の決まったやり方というものはあるの?」
無反応でしたので、すかさず言いました。
「では特にないようなので、北村流のやり方で進めていってもいい」
生徒たちはうんうんと頷いていました。私としてはここまで作戦どおりです。
日常の教室掃除がスタート
いよいよ毎日の教室掃除が始まりました。
しばらくすると、「先生、うちのクラスだけなんで毎日やるの?」という声が出はじめました。そのうち他の学級から見学者が現われ、「うわ、すごい。このクラス、毎日大掃除みたい」とか、「床の雑巾がけ、毎日やってんの?中学の時はやってたけどなあ」といった声が聞こえてきました。
もしかしたら、こんな声を聞くとひるんでしまう先生もおられるかもしれません。でも私は逆に安心でした。というのは、このような反応は私にとっては毎年4月の恒例のことであり、「うん、いい感じ」とにこにこ見ていました。
3か月もすると、生徒たちの中では北村流が当たり前になっていきました。名前で呼ばれるのも当たり前、私の学級だけ毎日行なう床の雑巾がけも当たり前、そして、アットホームな雰囲気の学級になっていきました。
後ろの黒板に傑作の似顔絵が書かれたとしても、一日の終わりには「ごめんな~」と言いながら私がさらっと消します。文句は出ません。ありがたいことに、学園祭で総合優勝しました。
2学期からはそれぞれの進路にむけてがんばりました。面接で自己アピールとして、掃除への取り組みを語る生徒もいました。あとは卒業式を残すのみです。
教室掃除から学んだ大切なこと
さて、ここまで読んで、「そんなにうまくいかないよ…」と思う方もおられるかもしれません。確かに今年はたまたまうまくいったのかもしれません。
そこで、自分を客観的にみて、何がうまくいった要因なのかを考えてみました。出てきたのは「余裕」という言葉でした。
相手は、高校入学後1度も床の雑巾がけをしたことがない3年生です。そんな彼らに対して、「さあ、雑巾がけしようか」と声をかける私が自信がなさそうだったり、はたまた怖そうな表情だったりしたら、きっと生徒たちは「ほんとにやるの?」と不安になったと思います。
でも私は、サラリと軽やかに「よっしゃ、やろか~」と、自分からしゃがんで床磨きに取りかかりました。この余裕が生徒たちに安心感を与えたのではないかと思います。
私が8年前教室掃除に力を入れ始めた当初は、必死でした。私が必死になればなるほど生徒は逆に遠のいていきました。まあ本当に失敗の連続でした。
当時、毎週のように「次はこのやり方で実験してみるわ」と言うのが、私の口ぐせでした。生徒たちは「またやり方変わるの~」と不満だったと思います。
でも、そこから一つひとつ答えが見つかっていき、そうやって自分で見つけたことは何年か経つと自信に変わっていき、そこから「余裕」が生まれました。このような道のりが、この一年につながったのだと思います。
教室掃除については、先生方は素晴らしいやり方をお持ちだと思います。私のやり方は、自分の実験から作ったもので、「小さいことでも、自分で見つけたやり方が一番役に立つ。自信と余裕をもって伝えられる」 私が教室掃除から学んだことです。
(527-0064滋賀県東近江市尻無町1843-1)