園児に託す掃除のこころ
社会福祉法人「いずみ」
理事長 中村 秀信
横浜市の中村秀信さん(68)は毎日1~2時間、保育園内外を掃除します。自分で学費を稼いで高校・大学を卒業し、就職した会社では社長・会長になりました。2017年社会福祉法人の理事長となり、2019年市の公募で虐待児ら支援の「こども家庭支援センター」も運営しており、地域にとって不可欠の人となりました。それはお母様とお姉様の影響、そして掃除との出合いでした。
母の後ろ姿
私は1953年長崎県小浜町生まれ。お酒を飲んで暴力を振るうなどしていた父は、私が小学2年のときに亡くなり、母は日雇いの建設作業員で働きだしました。母は朝早く起き、義母と5人の子どもの食事をつくり、すぐに仕事に出かけました。
一日の重労働の日当100円でおかずを買って夕食をつくり、それから川で洗濯をし、銭湯が閉まる時間ぎりぎりに駆け込む毎日でした。子どもが中学を卒業するまではと、休まずに働きました。私は家を出るまで、母と長い会話をした記憶がありません。
いまも、川へ洗濯に行くときの少し腰の曲がった小さな後ろ姿が目に焼き付いています。母は、私が20歳の時に末期がんで他界しました。壊れそうなメガネの買い替えで視力を測ると、ほとんど見えていませんでした。
尊敬すべき姉
私は中学卒業後働きだしましたが、3番目の姉きく子の助言で、夜間高校に入学しました。頭脳明晰で行動力のある姉は、会計事務所で税理士をめざしていました。私は法政大学経済学部(二部)に入り、26歳で卒業後、姉に「将来性がある」といわれて面接に行ったのが、「日本を清く美しく」をフィロソフィーとする、業務用レンタルマット・モップを扱う(株)ニッセイ(旧・日清)でした。
入社後経理で3年間働いた後、営業部に異動し東京営業所の立上げを命じられました。それを軌道に乗せたあと本社に戻り、次長、部長、常務を経て社長に任命されました。
「掃除」との出合い
(株)タニサケの松岡会長(岐阜掃除に学ぶ会代表世話人)が、「ゴキブリキャップ」の売り込みでニッセイを訪れた縁で、私は社長就任前年の2008年55歳のとき、「タニサケ塾」に参加しました。
一泊二日の山登り、温泉、翌日は早朝のトイレ掃除・車磨き、改善提案箇所の見学など、人気の研修でした。松岡会長の「社長は下坐業が大事で、誰よりも早く出社し、トイレや社内の掃除をすること」という話に、深い感銘を受けました。松岡会長は、鍵山秀三郎相談役を「師」と仰いでいました。
それから私は、毎朝6時に出社し、始業前の2時間以上会社のトイレから周辺の掃除を行いました。土曜日曜は、近所の道路から駅や公園などに範囲を広げていきました。東日本大震災の際には業績不振に陥り、会社建物の大家さんに家賃の値下げをお願いに行きましたら、大家さんは「毎朝道路掃除を熱心にする会社なら、中もきっときれいに使っているはず」と、快く応じてくれました。
松岡会長に誘われ、米軍厚木基地周辺の清掃に参加しました。そこで大和掃除に学ぶ会の金子貴一さんらとご縁ができ、2014年4月横須賀基地の空母「ロナルド・レーガン」見学の機会がありました。そこでは、カタパルト(航空機を射出する機械)などを見学しました。その後わかったことですが、大家さんのお父様は、横須賀基地内の3千人を使う鉄工所の工場長で、お父様定年の日に、2人で司令官に挨拶に行かれたそうで、ここでもご縁を感じました。
鍵山相談役との出合い
松岡会長から紹介されたセミナー「鍵山塾」に、2011年の第4回から7回参加しました。ゲストと鍵山相談役の講話と掃除からなる一泊二日の研修でした。
相談役は毎回違う話をされ、そのいずれも深い内容は心に残り、また翌朝の清掃では、側溝などの清掃の仕方を、丁寧に教えていただきました。立ち居ふるまいもすばらしく、これほど言行一致する人はいないと感動の連続でした。お礼の手紙を書くと、すぐにお返事がきて、これらは私の宝物になっています。
第6回の新宿街頭清掃100回記念では、相談役、竹花副知事、中山新宿区長の三者パネル討論で、暴力団との攻防や、掃除により犯罪が激減した話をお聞きしました。(「清風掃々第37号」)
2014年2月鍵山掃除道50周年記念大会には全国から800名以上が集まり、交流会の流儀などを初めて知りました。翌朝は歌舞伎町を清掃しました。
社会福祉法人の理事長に
さて、姉きく子はわが子を預けていた保育園が閉園になったさいに、貯えていた資金で保育園をつくってしまいました。無認可からスタートし、2006年横浜市認可の「いずみ青葉台保育園」をオープン。その後5つの保育園を運営するようになり、待機児童増加に悩む横浜市の大きな助けとなりました。ところが2017年、姉は末期がんにより急死します。
姉は、その1か月半前の理事会で、私を後任に指名し了承を得ていました。私はあとで伝えられて大変驚きましたが、そのころ保育園の周りも掃除していたため、「掃除をしていた変なおじさんが理事長になったらしい」と話題になったそうです。
1年に55万本の吸殻を拾う
側溝に、タバコのフィルターやプラスチックが残っています。これらは10年20年経っても土に還ることができません。このことに心を痛め、2008年からこれらを拾い始めました。
2018年は、吸殻55万本(1507本/日)を拾いました。翌年はペットボトルのキャップを200㎏拾い集め、「エコキャップ運動」に参加しました。一個2,5gですから、8万個(220個/日)です。吸殻は、毎朝体重を量りメモするときに一緒に記録しました。
私の願い
5つの保育園で働く職員は160人、園児は420人以上。掃除などに目が行き届きません。私はさらに立派な保育園にしたいと、清掃中心の「5S運動」と改善提案を行うことにしました。
保育園の開園は朝7時から夜8時までと長く、保育士さんは、園児の昼寝の2時間の間に交替で昼食や休憩をとったりします。「5S」では保育士さんと一緒に、散歩用乳母車を磨いたり、傘立てを整えたり、玄関周りを掃除することから始めました。
掃除道具置場を設けて、すぐに掃除ができるようになりました。運動会で使う公園の掃除や草取りをします。最後は、運動場に横一列に並び、地面を見ながら端から端まで、石やガラスの破片を拾います。「園をきれいにしたい」「心の荒みをなくしたい」思いが共有されているようで、保育士さんらは前向きです。
私は今、週のうち4日を社会福祉法人いずみ、1日をニッセイに勤め、掃除をしながら100年先を考えています。プラスチックによる海洋汚染、地球温暖化、中国・北朝鮮の脅威、国債残高、教育など多くの問題があり、子どもたちの未来を心配します。
私にできることは、掃除で環境を整え、そこの人々の心の荒みをなくすことです。地域から日本、そして世界が、SDGsによる持続可能な平和を願いつつ‥。
(221-0842 神奈川県横浜市神奈川区泉町2-6-2F 社会福祉法人いずみ)