掃除を授業としてとり組む
新宿調理師専門学校 藤田 枝里
私は、管理栄養士として給食会社で病院食を作っていましたが、新しいことに挑戦したいと、2015年10月新宿調理師専門学校で教職員として働くことにしました。その少し前、上神田梅雄校長が『掃除を授業として取り組んだらどうだ?誰もが嫌がる掃除を自ら進んで実践する。これは喜ばれる人財だろう』と提案していました。
(便教会新聞第163号編集)
当時の校内清掃
まず驚いたのは、学生たちの掃除の仕方でした。クラス毎に掃除をしていましたが、トイレにいたっては、いつ洗ったかわからないような、汚い臭い雑巾で、だるそうに便器を拭いていました…それも〝素手〟で。その雑巾はよくすすいだと思われないまま、ぐちゃぐちゃに干されていました。
担当教員に聞くと、「心を磨くためにトイレ掃除は素手で行う」とのことでした。私は衛生的であるべき病院食をつくっていた経験から、感染症や食中毒などの問題が起きてはいけないと感じて、雑巾や消毒液の使い方などを切り替えさせてもらいました。学校が掃除に求める「心を磨く」という思いが、学生の取り組みに反映していないようでした。当時まだ、校長先生の描く青写真を教員全員がイメージできていなかった現れです。
その後、教職員は東京掃除に学ぶ会の新宿街頭清掃に参加し、皆様と交流を深める中で、だんだん掃除についての理解が進み、雰囲気がよくなっていきました。
私も、本やDVDなどで鍵山秀三郎先生のお考えに触れて、身を低くしてごみを拾うことや、小さなゴミも見落とさない、見えない所をきれいにすることなど、多くのことを学んできて、ようやく素手によるトイレ掃除のイメージが沸いてきました。
さて、校長先生の『掃除を授業で取り組んだら?』という提案に対して、「掃除に学ぶ」は良いことだと確信はしておりましたが、しかし小中高校時代に罰として掃除をさせられてきた学生たちに、どうやって自ら進んで掃除をさせるのか? ここから、本校の「掃除に学ぶ授業」が始まります。
掃除を授業として取り組む
2016年、「職場を美しくする学び」の授業を開講しました。鍵山先生の本にあった5Sの「整理-整頓-清掃-清潔-躾の定義」に基づいて行いました。概略は以下です。
一日4限(単元90分)、週約20限のうち座学と調理実習は半々で、この座学の1限を掃除の授業に当てました。なお、クラスは30~40名、1年コースと2年コースとあり、学生総数300名弱です。
①テーマ伝達と討議(教室内10分)
調理と掃除を関連つけたテーマ、例えば準備と後片付け、実習中の班の課題、無言清掃などを学生に伝え、その意義を事前に討議します。
②掃除実習と点検(20+10分)
3~4名/班で20分程度作業します。掃除中と終了時に、3、4人の教員が作業や道具の点検をします。
③振り返り(教室内で20分)
・班別 教室に集まり、班全員で意見交換します。
・各班発表 代表者が発表。取り組み結果、良かった点、改善点の3点
・教員コメント 点検結果などをコメントし、学生に気づきのヒントを与えます。
学生から、「調理師になるのに、なぜ掃除をこんなにやらなければならないのか」などの反発が出ました。私は自分の体験から、新卒が現場に出ても何もできないとわかっていましたので、彼らに一つでも社会で役立つ武器を持たせたいとの一心で導いていました。授業は回を重ねるたびに、工夫を加えました。
3年目…校外の活動へ
校内清掃に加えて、東京掃除に学ぶ会の活動に参加するようになりました。早朝の新宿街頭清掃、築地市場移転前のありがとう清掃、羽田街道おもてなし清掃などに、全校で参加しました。しかし、教員も要領をつかんでくると、さらなる期待を学生に抱くようになり、「何でこうしないの?」「やらないとできないよ」「就職先で困るよ」などと、思いを押しつけるようになりました。今思えば、力が入りすぎて、伝えるのに伝わらない独りよがりな授業だったかもしれません。
実際、学生たちに行ったアンケートでは、ポジティブな嬉しい意見もあった反面、「頻度が多い」「朝が早くて辛い」「調理師学校ならぬ掃除学校」などのネガティブな声も寄せられ、校長からは、「目的と方法を間違えるな」と何度も注意されました。
5年目…新型コロナウイルスの感染拡大により、休校・自宅学習を余儀なくされました。新宿はウイルスの発生源であるかのように報道されたため、教員も新宿街頭清掃への参加を自粛し、授業の早朝清掃もしばらく見合わせ、悶々と過ごしました。
しかしそのおかげで、今できることに全力で取り組むしかない、学生たちを立派に社会に送り出さなければならないという覚悟を持てたように思います。授業名も、感謝の心を育む「おかげさま授業」に変えました。
教師が変われば学生が変わる
この5年間はあっという間でした。いくつかの学びを挙げてみます。
まず第一は、自分自身と向き合えたことです。東京掃除に学ぶ会の活動に参加するたびに、自分の弱く曇った心の窓ガラスが磨かれるような気持ちになりました。そして、その汚れを放置することもできますが、それをきれいにすることもできる、すなわち自分が「環境を変える」ことができるのだと、強く感じるようになりました。
次が、学生との関わりです。強く言えば彼らは委縮し心を閉ざしますし、反対に愛がない優しさをかけると、馴れ合いを生むと感じました。そして、「教師が変われば学生が変わる」ことを学びました。
それまでは学生に期待を持ちすぎて、その短所ばかりが目についていたのですが、そのうち次第に長所が見えるようになりました。仕事は遅くても、丁寧に取り組む学生、意思表示はうまくなくても、頼まれごとはきちんとやる学生など、見習うべきところは多くありました。この見方の変化は、私が自分の気持ちをコントロールできるようになったためであろうと思います。
一方、課題としては学生の自己肯定感の低さや他者への関心のなさがあります。掃除は感性を磨く宝庫であり、やってみなければその効果は分かりません。学生には、だまされたと思ってやってみること、真剣にやってみることを伝えます。そこで多くの気づきを得られます。学生にはそんな気づきを得て、一人ひとりの可能性を高めてほしい。そんな指導をしていきたいです。
たまに遊びに来る卒業生は、「掃除のおかげさま授業は大変だった」と、口を揃えて言います。しかし、「卒業後に最も生かせているのも掃除です」と言います。
掃除の効果は、人それぞれのタイミングで現れると思います。本校での「おかげさま授業」には、調理師の品格向上、やがては日本人の品格向上につながる使命があると信じて、精進しています。
(160-0023新宿区西新宿6-5-3 新宿調理師専門学校)