新幹線のおもてなし清掃
テッセイおもてなし創造部長
矢部 輝夫
『奇跡の職場』 あさ出版
到着車両が折り返し発車するまで12分。2分の降車、3分の乗車時間を引くと、清掃時間は7分。
この間、物入れのゴミを集め、座席向きを進行方向に変え、テーブル拭き、ブラインド上げ、窓枠拭き、座席カバー交換、忘れ物チェック管理、そしてゴミを出し、トイレ掃除もします。新幹線の清掃は「3K」業務そのものです。
*
1車両を担当するチームは22名、1日約20本の車両を清掃します。100席ある車両を、1人で清掃します。
礼に始まり、礼に終わる
チームは、車両入線3分前までにホームに着き、列車がくる方向に向かって一列に整列し、入ってくる列車に向かって深々お辞儀をします。降車するお客様に「お疲れさまでした」と声をかけて一礼し、高齢者や荷物の多いお子様連れのお客様のサポートもします。
「礼」は、気持ちを引き締め安全確認の目的もあり、お客様に見えないところでもおこないます。「そんなことはできない」と、辞めていった人も少なくありません。
潜在力ある現場と君臨する本社
人の嫌がる清掃業務に応募する人は少なく、しかもさまざまな人生経験を経た人の多い職場でした。しかし、現場スタッフの能力は高くまじめでした。しかしそれが活気につながっていないようでした。
一方本社がしていたことは、ルールを徹底する「管理」でした。一般には、本社は「戦略」、支社は「戦術」、現場は「実践」を機能分担しますが、それができていませんでした。本社は、現場のことは知らないのに、細部にまで口出ししていました。本社は「投資、制度、人事」に特化しよう、そして現場を知り、現場の力を活かしていこうと思いました。
「何のために存在するのか」
仕事の再定義
私は、入社1年半後、「新しいトータルサービスをめざして」という経営計画を示しました。覚悟のいる宣言でした。予想はしていましたが、スタッフの反応は戸惑いでした。「新しいトータルサービスって何するの? まさかシュウマイを売れっていうの?」 彼女たちを「その気にさせる」ことが必要でした。
私は、「掃除だけにしがみついていてもダメだ」と思いました。私たちが提供するものは、単なる「仕事」(タスク)ではなく、お客様に対する「使命」(ミッション)です。「テッセイは何のために存在するのか?」「私たちの商品は何か?」と、「企業の再定義」を進めました。
そして、「旅の思い出こそ私たちの商品」、そのために必要なことが「おもてなし」だ、という結論にたどりつきました。
次のような例え話をしました。
「あるレストランの食事がおいしいと聞いて、食べに行ったとします。すると、ウェイターの態度が悪い。どう思う?」 「私たちの仕事でいうと、料理が掃除です。いくら料理がおいしくても、周りが悪くてはお客様を楽しませることはできない。皆は、シェフであると同時にウェイターです。新しいトータルサービスとは、お客様に楽しい旅を味わっていただくために、何をするかです」「皆の仕事は清掃業ではなく、サービス業なんだ」この話は理解に役立ったようでした。
さまざまな改革をしました。
○たかが制服、されど制服
それまでは「お掃除のおばちゃん」を彷彿させるものでしたが、レストランなどの見栄えのする30種類の見本を投票にかけ、導入した制服の効果は絶大でした。スタッフは嬉しそうで、お客様からも好評の声が続々と寄せられました。
○標語(理念)
「さわやか、あんしん、あったか」
・さわやか(清潔) 清潔でさわやかな空間を
・あんしん(安全) 最も重要な任務。きびきびと
・あったか(顧客満足) お客様に「思い出」のお土産を
これを全従業員に知ってもらうべく、キャンペーンを展開しました。
○エンジェル・リポート
主任がスタッフの善行を報告する、「エンジェル・リポート」を始めました。まず主任約30名に1日研修。彼らはどんどんリポートしました。「当たり前のことをしてなぜほめるのか?」と多く質問されましたが、私は「当たり前のことをコツコツ実行する人を、なぜほめないのですか」と答えました。そしてそれらを、社内報などで公開しました。一例を挙げます。
「Tさんは、中央コンコーストイレで赤ちゃんを抱いたお母さんに、『ベビーベッドはないですか』と聞かれました。『南トイレにありますが、私でよかったら』と赤ちゃんを抱っこし、その間にお母さんにトイレに行ってもらいました」
○人事・評価制度
正社員採用は45歳以上の制限を、パート1年以後は、誰でも試験を受けられ、社員2年以上で主任試験、主任3年以上で管理者試験が受けられるようにしました。63歳定年も、原則65歳までの嘱託制度もつくりました。表彰制度も全面的に改正しました。
すべてはリーダーで決まる
経営陣は本社に君臨し、スタッフを「認める」努力をしていませんでした。上にしたがうだけの「指示待ち人間」や「ヒラメ人間」が多くいました。スタッフは、「人のために役に立つ」意義を理解し、職場はどんどん良くなりました。
テッセイの仕事は、オペレーションを完璧に実行する「徹底した規律と指揮系統」が根幹です。この前提の上に「チームワーク」があり、そこから「やりがいや誇り」が生まれます。当社の評判の良くなかった原因はいろいろだと思いますが、これらはすべてリーダーで決まります。
【資料】 ㈱JR東日本テクノハート (通称 テッセイ)
1952年鉄道整備株式会社創業、東北・上越新幹線車両清掃、東京駅・上野駅の新幹線駅構内清掃など。従業員831名、パート比率32%(2022・7月)、サービスセンター、東京、上野、田端、小山(ホームページより)