教育と掃除

掃除で開かれた私の半生(4)

愛知工業高校(定時制)での便教会
愛知県高校教師 安井 佑騎

 2014年12月19日、赴任4年目に自主的な活動ができた安井先生、その後大きく発展します。当時の活動報告から。

第2回活動報告 2015年2月20日
 「先生、今日何する?」「換気扇と蛍光灯やろうか」「えっ、届くの?」「じゃーん、脚立」「すげぇ!」
 生徒は昼間働き、17時20分から20時40分まで授業に出て、帰宅して休みます。掃除は定期テスト日の19時から、私と生徒2名。隣の教室の生徒3名に懐中電灯で照らしてもらい、蛍光灯を外すと真っ暗に…彼らは「それ、外れるの?」と驚き、「俺やりたい」と。
 白さを取り戻した蛍光灯に、「きれいになったねぇ、すごいな~」と言うと、生徒は笑顔を見せました。一人は換気扇を外し、羽根を歯ブラシできれいにし、その後換気扇本体をブラシと濡れ雑巾で、夢中で磨き始めました。窓枠の汚れを見つけて、身を乗り出してほこりを取ってくれたり…。
 掃除の後、あったかいラーメンを5人にご馳走しました。「先生、次はチャーハンが食べたい」「そっか、次はいつやろうか?」「いつでも良いよ」、「3月20日の終了式のあとは?」「いいよ!」 何と次は5人、今からワクワクです!


第4回活動報告 2015年3月20日
 高野修滋先生から電話です。「安井先生、20日生徒と掃除するの?」「はい」「阿部豊さんから、鍵山相談役が愛知工業高校に行くって、連絡があったよ!」「えっ」「何したの?」「2月20日の報告を送りました」「大変だよ! 俺も早急に確認するから、安井さん、管理職に話しておいて」「はい!」
 その後すぐ妻から電話。「相談役からお手紙が届いてる!」「落ち着け。今高野先生から電話があって、相談役が来てくださるって」「本当?」「とにかく、手紙を開けて内容を教えて」…。
 「安井先生、3月20日私も一緒に掃除したくなりました。生徒さんには私がご馳走します。まだ生徒さんには言わないでください」
 言葉で言い表わせないほどの喜びと緊張が押し寄せた。
 その後、2月20日の報告を読んだ全日制の先生が、「感動しました! 僕も一緒に掃除させていただけませんか?」と。なんだこの流れは? すごい! 「実は、鍵山相談役もいらっしゃることになったんです」「本当ですか? すごい!」 報告を書いたが、まさかこんな展開になるとは…。
 準備を始めた。相談役とお掃除できるなんて、一生に一度あるかないか。他校の先生に声をかけると、「何が何でも行きます!」と。 合計14名、よし! いける。
 普段気にならなかった玄関や窓、応接室や下駄箱などの汚れが気になりました。現状に慣れてしまっている自分に気がつきました。
 そして当日。初参加の生徒1名が、鼻にティッシュをつめトイレから逃げ出した。この素直な反応がたまらない。便器を磨き始めた。生徒は、経験者2名も初参加の3名も頑張っている。


相談役から掃除を学ぶ
 鍵山相談役がいらっしゃった。あまりの感動に、最初のお話を覚えていない。相談役が、便器を優しくなでるように、触っている…。そんな強さで、きれいになるのか?! 便器がぱーっと本来の白さを取り戻して輝いていく・・・。なんなんだ、これは。手の動きに無駄がない。これが、相手を傷つけずに、活かすということか。いつも「便器(相手)を傷つけないように」と話している自分が、恥ずかしくなりました。
 次の人のことを考えたカネヨンの使い方、金具を傷つけない磨き方、床みがき、ホースによる水流し、壁と床の吹き上げなどについて、相談役に質問したりアドバイスをいただきながら、掃除を進めました。

お待ちかねの食事会
 五目ラーメン、チャーハン、ギョウザ、から揚げが次々と運ばれてきました。前日相談役から「お腹いっぱいになってほしいので、ギョウザは一人3人前注文してください」と連絡がありました。高野先生には、持ち帰りパックを準備いただいたりのご配慮に脱帽しました。
 たくさんのご馳走に、生徒たちは、「すげぇ!!」「やった!」「写真だ!写真!」と飛び上がって喜び、はしゃぎ、写真を撮っていました。

若いときにやりたいことを我慢して苦労する 相談役のお言葉
 「今日来て良かったです。いかに人を喜ばすかです。それが、皆さんの人生を良くします。
 私が、皆さんの歳のころは、食うや食わず、年中お腹をすかしてですね、お腹いっぱい食べられたらいいなぁと思うような風でした。そんな中で、私は食事を我慢してでも本を買って読んだんですね。一食食べないでも、本を買って読んできました。今から考えると、若いときにやりたいことを我慢して苦労する。これが大事です。そうすると、私みたいな年になったときに、やりたいことができるんです。
 でも、若いときにやりたいことやって、年をとってやりたいことができなくなる人がいっぱいいますね。それは、不幸です。年をとってから、自分のやりたいことができる人生になってほしい。そのためには、若いときに我慢して、苦労して、人を喜ばすんです。こういうことに努めてもらいたいですね」(お言葉ここまで)

「これが真の教育です」
 こんなに目を輝かせ、人の話を聞く子どもたちを初めて見ました。涙をこらえ、「きっとこの子たちは、今日この日を忘れない。彼らの心に掃除道の種がまかれた。必ずこの種は芽を出し、素晴らしい花を咲かせる。私も、この種に水や栄養を与え続けたい」と思いました。
 鍵山相談役が送りの車に乗る前、直立不動でまっすぐ私を見つめ、言われました。
 「安井先生、これが真の教育です」 全身に稲妻のような衝撃が走った。言葉で表現できない。

第8回活動報告 2015年7月15日
 「オジキ!!」 相談役が教室へ入ると、全員がかけ寄り握手した。相談役が「オジキじゃなくて、おじい(き)」というと、生徒は大爆笑。相談役「今日はね。あなたたちに会いたくて来たんです。また、会いたいなぁと思ってね」 なんと、鍵山相談役が再び来てくださいました。
 生徒は初参加の1名を加えて6名、大人は相談役含め8名、計14名でトイレを掃除しました。終了後に全員が感想を話しました。

鍵山相談役のお言葉
 「4ヶ月ぶりですね。次はどんな風かなと期待して来たんです。今日皆さんは、私が期待した以上に、自分で考えてやっていて、本当に嬉しかったですね。人間はね、期待していた以上のことをしてもらうと、なお嬉しくなるんですね。
 人間はね、今日が最低なんですよ。私は82歳ですけど、それでも今日が最低で、もっと向上しようと思っているわけですね。どうか皆さん、今日より明日、明日より明後日という風に、向上心をもってやっていただきたいですね」

向上心が芽生えた生徒たち
 今回生徒は、次に何をしたら良いか自分で考えていました。バケツに水を汲み、道具を全員分用意したりの準備から、便器→金属→壁→床→拭き取りの掃除から、最後の片付けまで、流れるように行う成長ぶりを見せてくれました。私たちの期待以上にやってくれました。
 感想発表では、「物足りなかった。次こそ、あの汚れを取りたい」「200回続ける」「次に生かしたい」などの言葉がどんどん出てきました。まさに、「向上心」が芽生えてきたと感じる瞬間でした。
 私安井は、この2年後の2018年、定時制生徒の卒業とともに全日制高校に異動しました。(つづく)
(484-0076愛知県犬山市橋爪地蔵下30-4)